「政治とはあまりにも重大な事柄なので、政治家に任せておくことはできない」
フランス第18代大統領シャルルドゴールの言葉である。
憲法改正について、自民党が具体的な項目を出してきているとか、某党が踏み絵にしているとか、話題にはなっているが、真っ当な改憲論議はなされていないことは以前指摘した。
新しい政党もごちゃまぜ左翼で護憲を旗色にしているし、困ってしまう。
憲法論議も重大な事柄なので、もはや「政治家に任せておくことはできない」
ここでは、2008年のフランスの憲法改正が、内容及びその作法において非常に興味深く、参考になるので、かなり雑駁に紹介したい(勉強会もご一緒していた曽我部真裕先生(京大)、井上武史先生(九大)の議論に触発され、また、それらにかなり寄っている。)。
●2008年フランス憲法改正
近年のフランスでは、憲法改正の議論をするとき、あらかじめ大統領が有識者からなる審議会を設置し、諮問を受けた審議会は期限までに報告書を作成し大統領に提出するという流れをとる。日本でも、法制審等で必ず有識者は呼ばれるが、なぜか憲法だけはそういうことがない。
有識者の審議会では、大統領が掲げたテーマに関する分析と検討がなされ、具体的な提案も示される(この有識者の審議会は、立場もかなり幅広く選定される!!!)。
サルコジは公約に憲法改正を掲げ、2007年5月に選出された。二か月後の7月にバラデュール元首相を委員長として「第5共和政の統治機構の現代化と均衡回復についての検討と提案についての委員会」を設置。10月(三か月後)には、「より民主的な第五共和制」と題する報告書を大統領に提出をした。
このときのテーマは三つ
?統制された執行権、?議会の強化、?市民への新たな権利の付与
である。審議会はこれらのテーマに対して具体的に77の改憲案を提示し、提案の多くは、2008年7月23日の憲法改正に結実した。
●各項目の具体的内容
細かい内容を、自分の備忘録的に記しておきたい。興味がある方は読んでいただき、それ以外の方は読み飛ばしていただいて結構である。
?大統領権限の統制強化
・人事権の統制:公務員等の任免権について、権利自由の保障や国の経済・社会生活に関わる憲法附属法所定のポストに関しては、両院の関係常任委員会への諮問が義務付けられ、両院の委員会での反対票が合計で投票総数の五分の三に達した場合には大統領は当該任命をすることができないこととされた。
安倍政権も、内閣法制局長官をはじめとした、人事権を掌握しコントロールすることによって、その権力の維持に最大限活用した。この人事権を解放し政府以外が統制することは極めて重要である。
・憲法院構成員、司法官職高等評議会の有識者委員、権利擁護官の任命手続きへの議会関与
・非常大権について、憲法院への付託と、60日経過後は憲法院が職権で審査
・政府構成員は辞職して就任しないといけなかったが、復帰可能に
?議会権限の強化
・議会の任務?「議会は法律を議決する。議会は政府の行為を統制する。議会は公共性政策の評価を行う。」
・反対会派、少数会派の存在が明記。議事日程に際してこれらの会派の権利が認められている。
・調査委員会の設置が憲法に明記=政府統制及び公共政策の評価が明文化されたことにより、情報収集を担う
・立法事項の拡大=立法事項が追加?「メディアの自由、多元性及び独立」、「地方議員等の職務遂行の条件」が立法事項として新たに明文化。
・政府法案提出の条件については憲法附属法で定めることとされ、法案提出を受ける第一院の議事協議会がこの条件に合致しないと認める場合には、議事日程に登録することができないとされた。条件合致の有無に関する政府との紛争については、憲法院に付託される。
・海外の軍事行動についての議会の関与
?市民に対する新しい権利の付与
権利を新しく改憲により付与するというより、権利・自由の保障を強化すべく、権利保障を実行化たらしめる機構改革が中心である。
・違憲審査制の強化
・司法官職高等評議会の改革
→司法官職の独立の強化
・権利擁護官の新設
→国の行政機関、地域共同体、公施設法人、公役務の任務お帯び又は憲法附属法によって権限を認められた組織体による権利及び自由の尊重を確保することを任務
・半直接民主制の拡充
→5分の1以上の国会議員が、選挙人名簿に登載された有権者の10分の1以上の支持を得て行う発案に基づいて国民投票を実施することを認める
・国会議員が発案し、国民の署名を収集=主導権はあくまで国会議員。少数派の主張を制度化された公的議論の場に乗せるための仕組み。
・パリテ(男女同数)の拡大
政治だけでなく、社会、職業分野にも拡大
●アフターチェック
・2010年「統治機構改革の2年」と題する報告書をバラデュール委員会が作成した。
2007年報告書で示した77の提案が、その後において実際に法文(憲法、議院規則、組織法律、通常法律)に結実されたかどうかを個別的・具体的に検証している。
・改正条文の運用状況にも言及
提案が実質的に達成されているかどうかにも注意を払っている。
●前文の検討(元憲法院判事シモーヌ・ヴェイユのヴェイユ委員会)
・時代に合わせた理念の補充をすべきか:憲法前文検討委員会
「憲法前文を再発見する」と題する報告書
管理職就任に関する男女平等、生命倫理に関する指導原理、多様性の尊重
・「地方公共団体の改革のための委員会」
「決断のとき」報告書
●フランスに学ぶべきこと
上記のうち最も重要なのは、まずは、改憲に大見出し的なテーマがあるということである。
あくまで、
1.テーマ 2.項目 3.提案 4.条文案
という順序を辿っている。
日本ではとにかく条文案がまず先に来る。
自民党が掲げた4項目も、「2.項目」どまりであり、それぞれを通底しているテーマがない。
なぜテーマが重要かといえば、あくまで憲法改正は、何らかの中長期的な国家ビジョンや政策目標、政治哲学を達成するために行うものだからである。
9条加憲と教育無償化と災害対応の緊急事態条項と合区解消に通底するテーマとは??
このテーマ設定は、やはり政治家の仕事であろう。国のビジョンを語ることこそが、政治家の仕事だからだ。
このためには、専門性と民主制が双方担保されねばならない。
日本では、なぜか憲法については「憲法族」が自分たちだけでやろうとする。
まずは、日本が誇る知性を総動員すべきだ。学者、実務家、周辺領域の専門家、すべてだ。
そして、これを踏まえて、国会の全体で審議をする。国会議員が自らの責任で自由に審議するのだ。
フランスでは、本当に改憲が必要かを、コンセユ・デタ(国務院、行政訴訟における最高裁)が事前審査したあとに、閣議決定がなされ、改憲法案が国会に提出される。
その後、先の有識者会議を踏まえた政府案に対して、法務委員会で徹底的に審議をする。答弁者は、首相と法務大臣である(この意味で、上川陽子自民党憲法改正推進本部事務局長が法務大臣に就任したのは偶然ではないのではないか。)。
委員会での審議のあとは、全国会議員がヴェルサイユ宮殿内の両院合同会議場に集まり、討論と採決(全議員の5分の3の賛成が必要である)を行う。
日本でも、これはできそうである。
どこかで経験していないか。
そう、天皇陛下のご譲位についての特例法の審議と議論である。
あれは、いかがわしい有識者会議を前提としていたが、国会での全体会議を経て、議院運営委員会の中で質疑を行い、採決をした。そして、あれは国会議員の全会一致を目指したが、憲法改正は3分の2の発議が必要である。
そして、日本国憲法上、憲法改正には国民投票が必要であるから、最後に国民投票が課される。
●憲法改正を「一回だけ」のものにするな
天皇陛下のご譲位を事実上「特例」としないために、今回の特例法は、その制定過程からかなりのせめぎあいが行われていた。その結果、馬淵議員との最後の質疑において菅官房長官は「内容及び経過」が「先例」になると答弁した。
憲法改正も、まったく同じである。「押しつけ憲法論」を採用するのは結構だが、これはあまりに単細胞な議論だ。1度でも国民投票を経て改正すれば、その時点で押しつけられたものではなくなるから、論理的には「押しつけ憲法論」は解消してしまう。つまり、押しつけ憲法論の憲法改正における賞味期限は「1回の改正」である。こんな無責任な改憲論はあるか。
何度も繰り返すとおり、憲法改正は、中長期的な国家ビジョンや改革目的、そして政治理念や哲学を実現するために行うものである。
私は、現代日本社会、もっといえば世界的に失われつつある「リベラルな価値」すなわち、自分らしく生きる諸個人が共に生きることのできる多様で包摂された社会の実現。そのための権力の正当化と統制。これらを掲げたリベラルな憲法改正を実現したい。
このテーマやビジョンのない改憲論議は、改憲論議として欠陥があるし、憲法改正を語る資格がない。
この1回目の改正で、ビジョンと理念・哲学を掲げて、中長期的なスパンのスタートとして、その長い絵巻物の最初のページとして改憲論議ができるのかどうかが最も重要である。
「改憲派」と呼ばれる人々がどれだけ国家や個人のことを「真剣に考えて(taking seriously)」いるのか、もう一度我々国民がよく見て、改憲論議を王道に乗せようではないか。